生駒ビルヂング

いこまびるぢんぐ

次の言語でも読めます: English

投稿日:

生駒ビルヂング

●未来に時を刻む
 昭和5年(一九三〇)の完成当初は1階から4階までが陳列室や事務所、5階は畳敷きの大広間で洗面室などがあり、10代の丁稚が住み込んでいたという。デモクラシーの花咲く大正モダンの時代からまもなく、世界恐慌が始まり、やがて戦争へと入っていく時代の10年間、このビルは特に輝きを放った。引っ掻いた模様のスクラッチタイルに大きな焼き物のブロックのテラコッタ。これらは昭和のひと桁、10年間だけにはやった素材で、大きな特徴になっている。

●振り子時計
 ビルの屋上には時計台。5・4・3階は出窓。そして2階の丸窓が入って、全体として振り子時計をイメージしている。設計は宗兵蔵(そうひょうぞう)で、非常に重厚な様式を重んじた設計建築が主だったが、昭和に入り民間の商店ということで、重厚という様式からはずいぶんはずれ、当時としてはかなり遊び心のある設計になっている。大正14年(一九二五)のパリ万国博覧会でアールデコ様式が花開き、従来の様式的なものから幾何学的なデザインが主流になってきた時代。その影響が大阪のこのビルにも色濃く表れている。

現在地からルート検索
所在地
大阪市中央区平野町2-2-12
交通機関
●地下鉄堺筋線「北浜駅」
●京阪電鉄「北浜駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
0 人中 0 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
今橋

●大正時代の面影を再現 今橋は、豊臣時代にはすでに存在していたと思われる。 現在の橋は架け換えられたものであるが、照明灯や高欄については大正時代の姿をもとにデザインされた。なにわ名橋50選の一つ。

高麗橋

●高麗橋の始まり 大坂城の外堀として開削された東横堀川に架 かる橋で、築城と同時に天正11年(一五八三)から工事が始められた。3年後に完成。慶長9年(一六〇四)には擬宝珠(ぎぼし)を持つ立派な橋となっ …

くすりの道修町資料館
くすりの道修町資料館

●350年の歴史保存  道修町の寄合所には、350年前から道修町に関する貴重な資料が保存されてきた。平成9年(1997)10月、それらの資料を公開するために資料館が社務所の3階に開設された。  道修町 …

青山ビル
青山ビル

 堺筋から伏見町を西へ入ると、甲子園球場から株分けされた蔦で覆われたビルが建っている。このスペイン調のビルは、大正10年(一九二一)、輸入食料品店などの経営者だった野田源次郎(のだげんじろう)が私邸と …

大阪会議開催の地

●三権分立の礎を築く 明治維新まもない頃、新政府の方針をめぐり政局は混迷を極めた。体制を固めようとする大久保利通(おおくぼとしみち)は、仲違いしていた木戸孝允(きどたかよし)や板垣退助(いたがきたいす …