かつて大坂本願寺を「石山本願寺」と呼称する習わしがありましたが、20年近く前の本学会大会でこれが誤りであるとの報告がなされ、大方の研究者の理解を得ました。
その後、信長・秀吉・本願寺に関する政治史研究はもとより、戦国期、織豊期さらに徳川政権期の都市大坂に関する研究が進展しています。しかし、「石山本願寺」名称を前提とした「石山合戦」の名称は今日も使用され続けています。これらの混乱は、大坂を一時「石山」と呼称することがあったこととも関連しています。
最近、戦国時代の大坂に存在した本願寺は、同時代の呼称ではなく江戸期の軍記や唱導で使用されるようになった「石山」を用いて、江戸期に「石山本願寺」と呼ばれるようになった。また、「石山」呼称は大坂城を「石山城」と呼んだことに起因するのではないかとの問題提起がなされています。
このシンポジウムでは、これらの「石山」呼称使用の経過を解明し、さらに都市大坂が、戦国期・統一政権期のいかなる政治対抗や社会動向との関わりのなかで成立・展開したかについて議論します。
権力論・都市論・宗教社会論や軍記・唱導研究などの成果にもとづきながら、多角的に追究し、大坂研究の発展、「石山」呼称問題の克服をめざします。
広く研究者・市民のご参加を呼びかけます。
●プログラム
・開会挨拶
・課題提起:吉井克信氏「「石山」呼称問題の経緯と検討課題」
・報告1:
○大澤研一氏「「石山」呼称のはじまり-豊臣大坂城との関わりで」
○塩谷菊美氏「近世「石山」呼称の展開-軍記・唱導・浄瑠璃にみる」
・報告2:
○岡村喜史氏「真宗史における「石山」呼称の受容-近世~近代」
○仁木 宏氏「権力論・都市論から見る「大坂」-「石山合戦」史観の問題性」
・パネルディスカッション
・閉会挨拶
料金:資料代200円のみ負担