懐徳堂跡(町人文化コース)

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投稿日:2016/11/09 更新日:

懐徳堂跡(町人文化コース)

 中井甃庵(しゅうあん)が大阪の有力町人たちと協力して三宅石庵を招き、享保11年(一七二六)、学問所「懐徳堂」を創設しました。幕府からも公認されました。全国から集まった学生たちは身分に関係なく論じ合い、商家勤めの学生のために遅刻や早退も許されたほど、自由な気風がありました。門下には、儒学や仏教の思想史を論じた富永仲基(なかもと)や、天文・地理から経済・歴史に至る『夢の代』を著した山片蟠桃(ばんとう)などがいました。現在の大阪大学へとつながる学問所です。

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八軒家船着場風景画
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