●天然痘予防のために洪庵が設立
緒方洪庵(おがたこうあん)は、当時多数の死亡者を出していた天然痘の予防のため、多くの医師とともに嘉永2年(一八四九)除痘館(私立種痘所)をつくり、種痘を行った。その場所ははじめ古手町(道修町4丁目)につくったが、万延元年(一八六〇)にこの場所に移し、全国に種痘ワクチンを送って幅広く活動した。
なお、古手町の除痘館の跡地付近(道修町4丁目4番)にも「除痘館発祥の地」碑が建立された。
●京阪電鉄「淀屋橋駅」
次の言語でも読めます: English
投稿日:
●天然痘予防のために洪庵が設立
緒方洪庵(おがたこうあん)は、当時多数の死亡者を出していた天然痘の予防のため、多くの医師とともに嘉永2年(一八四九)除痘館(私立種痘所)をつくり、種痘を行った。その場所ははじめ古手町(道修町4丁目)につくったが、万延元年(一八六〇)にこの場所に移し、全国に種痘ワクチンを送って幅広く活動した。
なお、古手町の除痘館の跡地付近(道修町4丁目4番)にも「除痘館発祥の地」碑が建立された。
大当たり浄瑠璃は実話だった近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)の傑作の一つ、『冥途(めいど)の飛脚』は、実話を題材に書かれたもの。 遊女梅川に入れあげる忠兵衛が養子に入ったのが、この淡路町にあった飛脚 …
流れるような体の動きが美しく、見る者の視線は、自然に空へと向けられる。高く上げた少女の手には、今にも飛び立ちそうな鳩がいて、その手の先に希望が見えるようである。 寄付者:武田薬品工業株式会社
中村晋也は、このような古典的様式の女性像を得意とする作家である。すぐ後ろにいる妹に優しい視線を投げかける姉と、姉に頼るように身を寄せる妹。身体のバランスも肉付きも酷似した2人の裸婦が寄り添い、親密で …
高村光太郎の晩年の代表作である。十和田湖の自然の偉大さ、深遠さを表現した彫刻であるとともに、彼の心の中に生きていた妻・智恵子の残像を具現した裸婦像でもある。2人の女性からなるこの作品は、よく見ると全 …
●花嫁学校として活躍した近代ビル 芝川ビルは、関東大震災の後「火事、地震に強い建物を」との思いから、芝川又四郎(しばかわまたしろう)が建設した。又四郎は、江戸時代から続く商家の6代目で、不動産業を営 …