心学明誠舎跡

商人道徳の基礎を教えた私塾
しんがくめいせいしゃあと

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心学明誠舎跡

 江戸時代、「心学」は「石門心学」とも呼ばれ、石田梅岩(いしだばいがん)が京都で唱えた。日常生活や商人道徳をわかりやすく講義したので、非常な人気を集めた。大坂では、梅岩の孫弟子にあたる井上宗甫(いのうえそうほ・三木屋太兵衛)が、天明5年(一七八五)、心斎橋筋の居宅の一部を開放し、「心学明誠舎」を創立した。大坂の中心に位置していたため、商家の主人たちから支持され、金田町(現・博労町)に新講舎を建てるまでになっ
た。明治維新後、講舎を小学校に提供したため拠点を失ったが、明治14年(一八八一)、現在石碑が建っている長堀橋筋に新拠点が開設された。やがて社団法人となり、山田俊卿(やまだしゅんきょう)が発展させた。講舎は大阪空襲で消失した。

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所在地
中央区島之内1丁目 21 番 20 号
交通機関
● 地下鉄堺筋線/長堀鶴見緑地線 長堀橋駅
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