橋本宗吉絲漢堂跡

はしもとそうきちしかんどうあと

次の言語でも読めます: English

投稿日:

橋本宗吉絲漢堂跡

●大阪の医学の祖
 江戸時代の大坂には、本格的な蘭学者が一人もいなかった。そこで、町人有志が出資して地元の秀才・橋本宗吉を、江戸へ留学させた。杉田玄白(すぎたげんぱく)・前野良沢(まえのりょうたく)の弟子である、蘭学者の大槻玄沢(おおつきげんたく)の塾で医学だけでなく、地理・物理も修得。帰坂した宗吉は、医師として開業するとともに、私塾・絲漢堂を開いた。宗吉は、宝暦13年(一七六三)生まれ、天保7年(一八三六)没。家は貧しく、傘職人をしていたが、勉強熱心で、エレキテル(電気学)の研究や4カ月でオランダ語4万語を暗記したという逸話が残る。絲漢堂で宗吉の指導を受けた中天游(なかてんゆう)は、その精神を継いで蘭学塾を開く。門下生に緒方洪庵(おがたこうあん)がいる。宗吉の精神は脈々と受け継がれ、現代の大阪医学の礎となった。

現在地からルート検索
所在地
大阪市中央区南船場3-3
交通機関
●地下鉄御堂筋線・長堀鶴見緑地線「心斎橋駅」
●地下鉄堺筋線・長堀鶴見緑地線「長堀橋駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
1 人中 1 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
三津寺

●異例の鉄筋コンクリート製  三津寺は、奈良時代の難波宮遷都の際に、僧の行基(ぎょうき)が開いたと伝えられている。めずらしいのは寺院の台所や住居部分である庫裡(くり)だ。昭和8年(一九三三)の御堂筋拡 …

難波神社
難波神社

●なぜ、難波? 難波にはないのに、難波神社? 難波神社に聞いてみた。「今の難波は、もともとは下難波(しもなんば)という地名だったのです。現在は単に難波と呼ばれていますね。難波神社があったのは、上難波( …

戎橋筋商店街
戎橋筋商店街

 ミナミのシンボル「戎橋」から大型百貨店を結ぶ370メートルのビッグ・ストリート。老舗の豚まんやスイーツ、ユニークな大阪土産、映画館や劇場、最先端のファッションまでがオモチャ箱のように点在する。

心斎橋
心斎橋

●ガス灯がともり「眼鏡橋」と親しまれた 元和8年(一六二二)、岡田心斎(おかだしんさい)が中心となって橋を架けたことから心斎橋と呼ばれる。江戸時代には、長さ35・5m、幅4・2mの堂々たる木の橋だった …

少年と少女/リン・チャドウィック
御堂筋彫刻ストリート / 少年と少女:E-15

 鋭い線と面で構成された個性的で大胆なフォルム。足らしきものの存在から、かろうじて人物と判る。荒削りの仕上げが、少年と少女の素朴で純真な印象を表現 しているかのようだ。具象でも抽象でもあるユニークな造 …