太閤下水(背割り下水)

4世紀近くも現役の下水道
水都大阪、水面下の偉業

投稿日:2012/12/30 更新日:

太閤下水(背割り下水)

◆水都大阪、水面下の偉業『太閤下水(背割り下水)』

17世紀、豊臣秀吉は大坂城築城に伴い城下町を造成、道路や橋とともにこの下水溝を建設したといわれています。当時としては画期的で優れた仕組みのこの下水溝は、太閤秀吉にちなんで「太閤下水」と呼ばれています(その形状から「背割り下水」とも呼ばれます)。太閤下水は豊臣家の滅亡後、江戸時代に入ってからも更に整備・拡張されました。

明治になり、大阪ではコレラの猛威を契機に我が国初といわれる大規模下水道事業に着手しました。以来、大阪の市政は下水道整備に力を注ぎ、現在では下水道は99.9%、市内のほぼ全域に普及しています。

太閤下水は近代大阪の繁栄の基礎を築き、そこから発展した大阪の下水道技術は近年では海外へ供与するまでの高い水準を誇ります。これもまた、水都大阪の資産といえるのではないでしょうか。

◆太閤下水を間近で見る

江戸時代から幾多の改修を重ねた歴史ある太閤下水は、今なおその一部が日常生活で利用されています。現役の史跡を是非ご覧下さい。

地上に設置したのぞき窓から自由にご覧いただけます。下水溝に水が流れている様子を真上から見ることが出来ます。

◆太閤下水を見学

現役の下水施設なので地下施設に入る前には担当員が入念にガス濃度の測定を行ないます。一般の方だけで施設に立ち入ることは出来ませんので、事前に見学予約が必要となります。

階段で地下に降りると、2mほどの溝に水が流れている様子を間近で見られます。また石垣の位置から現代に比べ当時の土地がこれだけ低い位置にあったことを実感できます。

説明を行なうのは市の下水道事業に長く関わっていたいわば「下水道のプロ」の方で、太閤下水の仕組みから現在の下水道の状況まで、図表を交え分かりやすく解説を聞くことが出来ます。

地下施設見学について。
地下施設の見学には事前申込みが必要です。下記までお問い合わせください。
※見学は無料です。所要時間は約20分程度です。
※申込先:(財)都市技術センター

太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水) 太閤下水(背割り下水)

現在地からルート検索
追加情報
◆地下施設見学について
地下施設の見学には事前申込みが必要です。下記までお問い合わせください。
※見学は無料です。所要時間は約20分程度です。

◆申込先
(財)都市技術センター
電話:06-4963-2092 / Fax:06-4963-2095
所在地:大阪市中央区農人橋1-3-3(市立南大江小学校西側)
ホームページ
http://www.uitech.jp
所在地
大阪府大阪市中央区農人橋1丁目3−3(太閤下水見学地)
交通機関
地下鉄中央線・谷町線「谷町四丁目」駅8番出口から徒歩5分
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
3 人中 3 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
心学明誠舎跡

 江戸時代、「心学」は「石門心学」とも呼ばれ、石田梅岩(いしだばいがん)が京都で唱えた。日常生活や商人道徳をわかりやすく講義したので、非常な人気を集めた。大坂では、梅岩の孫弟子にあたる井上宗甫(いのう …

土屋相模守蔵屋敷跡

●4代の将軍に仕えた老中  常陸国(現・茨城県)土浦藩主、土屋政直(つちやまさなお)。寛永18年(一六四一)生まれ、享保7年(一七二二)没。  徳川綱吉以降4人の将軍に老中として仕えた。中でも8代将軍 …

直木三十五記念館
直木三十五記念館

●文学界を代表する賞にその名を残す 直木三十五は、明治24年(1891)安堂寺町生まれ。 39歳で書いた『南国太平記』で一躍時代の寵児となり、大衆文学という分野で確たる地位を築いたが、昭和9年(193 …

住友銅吹所跡

●日本は世界有数の銅生産国であった  島之内1丁目は、寛永年間(一六四〇年頃)住友家2代・友以(とももち)によって開かれた銅精錬所があった一帯である。このあたりは東横堀川、西横堀川、長堀川など、舟運( …

水呑地蔵尊

●優しいまなざしで地域を見守る  地蔵尊の本院は八尾市の水呑地蔵堂。太閤秀吉(ひでよし)の大坂城築城の際、東横堀川開削のため八尾の久宝寺の人々が移り住み、親しんでいたお地蔵さんを久宝寺町・粉川町界隈( …