八軒家浜船着場
はちけんやはまふなつきば
投稿日:2014/01/23 更新日:
もとは永田屋昆布本店にあった八軒家浜船着場は、その昔、八軒の船宿があったことからその名がついたと云われている。
この船着場は江戸時代、熊野詣の陸の 拠点として賑わった場所。十返舎一九著「東海道中膝栗毛」に登場する弥次・喜多コンビや、浪曲「石松三十石舟」で森の石松が大阪上陸の第一歩を踏みしめた 場所として紹介されている。
今では大阪⇔京都間は電車で約30分程の移動であるが、江戸時代は船で京都→大阪は片道約6時間、大阪→京都は川の流れに逆ら うことから約12時間をかけた旅であったそう。
現在はのんびりとクルージングを楽しめる港として復活し、人々の憩いの場となっている。
所在地
大阪市中央区天満橋京町1丁目1
交通機関
●地下鉄谷町線「天満橋」駅
●京阪電車「天満橋」駅
同じエリアにこんなスポットがあります!
-
慶長20年(=元和元年、1615)に起こった大阪夏の陣、とりわけ大阪城から南に連なる上町台地一帯で繰り広げられた5月7日の最後の決戦は、豊臣家の滅亡をねらう徳川幕府軍15万5千人と豊臣方5万5千人が …
-
●13の重要文化財 豊臣秀吉(とよとみひでよし)がつくった大坂城は、豊臣家の滅亡とともに失われ、現在残っているのは徳川時代になって再建されたものである。敷地内の建築物は櫓5つ、塀3つ、城門2つ、蔵2つ …
-
●大坂城で命を落とした兵を弔う 大阪城玉造門の南側にある。明治元年(一八六八)戊辰戦争のとき、燃える大坂城から逃げ出さずに自害した幕府軍の兵士をたたえて、薩摩・長州藩が共同で建てた。
-
●辞世の句を刻んだ碑が建つ 元禄6年(一六九三)に死去した浮世草子作家・井原西鶴の没後300年を記念して建てられた。 辞世の句「浮世の月 見過ごしにけり 末二年」が刻まれている。
-
●聖徳太子(しょうとくたいし)命名の井戸 聖徳太子が命名したと伝えられている「亀井水」の碑が、鵲森宮の境内に建てられている。もとは、JR森ノ宮駅付近にあったらしく、古代には温泉が湧き上がっていたとい …