●現存する市内で最も古い橋
東横堀川に橋が架けられたのは、天正13年(一五八五)。豊臣秀吉(とよとみひでよし)が大坂城築城に際して、東横堀川を外堀として開削した時だといわれている。江戸時代に入ると、軍事的に重要な「公儀橋」の一つとして、幕府が直接管理した。橋の周辺には木綿問屋や呉服屋、古着屋が軒を連ね、大坂の経済を支えた「糸へん」の中心街として往来の絶えることがなかったようだ。西町奉行所が設けられてからは、行政の中心ともなり、ますます栄えていく。現在の橋は、本町通が市電道路として拡張された大正2年(一九一三)5月に架けられたもの。重厚で趣のあるルネサンス風のデザイン。なにわ名橋50選の一つ。
本町橋
ほんまちばし
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投稿日:
所在地
中央区本町橋~本町1丁目
交通機関
地下鉄堺筋線・中央線「堺筋本町駅」
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