●大阪の女性を描けば日本一
北野恒富は金沢出身の画家。明治13年(一八八〇)生まれ。大阪に出て、浮世絵師・稲野年恒(いなのとしつね)に学び、明治時代から昭和にかけての浪華浮世絵画壇に大きな功績を残した。昭和22年(一九四七)没。
筆塚には恒富の愛筆が埋められている。その場所に、友人だった俳人・河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)独特の肉太の文字で、「恒富庵」と刻まれた大きな石碑が建てられている。
●近鉄線「上本町駅」
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●大阪の女性を描けば日本一
北野恒富は金沢出身の画家。明治13年(一八八〇)生まれ。大阪に出て、浮世絵師・稲野年恒(いなのとしつね)に学び、明治時代から昭和にかけての浪華浮世絵画壇に大きな功績を残した。昭和22年(一九四七)没。
筆塚には恒富の愛筆が埋められている。その場所に、友人だった俳人・河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)独特の肉太の文字で、「恒富庵」と刻まれた大きな石碑が建てられている。
●道頓・道卜の功績 道頓は大坂城築城工事に従事。秀吉(ひでよし)からその恩賞として荒地だった現在の道頓堀一帯を与えられた。道頓は道卜ら親戚と相談し、私財を投じて慶長17年(一六一二)開削工事に着手。 …
●江戸時代の銅貨の鋳造所 元文5年(一七四〇)、銀座年寄が幕府の許可を得てこの地に鋳銭所を建設。鋳造高は年間20万貫に達した。延享2年(一七四五)に廃止。跡地は幕府米蔵である天王寺御蔵となった。
●人の道を説いた堂々たる石碑 幕末の儒学者・藤沢南岳(ふじさわなんがく)作の生活訓が漢文で書かれている。南岳は泊園書院2代目院主。
●「咲くやこの花」のルーツ 仁徳(にんとく)天皇の即位を喜び、王仁(わに)博士が梅花にこの和歌をそえて奉ったと伝えられている。この故事にならい、高津宮では献梅祭が、2月11日に行われる。碑は明治32 …
●市中の名所だった西の舞台からの眺望 高き屋に のぼりて見れば 煙たつ 民のかまどは 賑わいにけり 仁徳(にんとく)天皇が高津宮の西の舞台からの眺めを詠まれたという有名な和歌が書かれてい …