御臨幸の跡

ごりんこうのあと

次の言語でも読めます: English

投稿日:

御臨幸の跡

●軍事大国にひた走った時代を忘れない
 昭和7年(一九三二)、大阪周辺での陸軍大演習に昭和天皇が御臨幸になった記念の碑。隣に歩兵第八連隊跡碑がある。兵営は当初、現在の大阪医療センターの地にあったが、明治30年(一八九七)、当地に移転。

現在地からルート検索
所在地
大阪市中央区法円坂1-6 難波宮跡内
交通機関
地下鉄谷町線・中央線「谷町四丁目駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
2 人中 1 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
玉日姫像

●親鸞(しんらん)聖人の妻の肖像画  昭和50年(一九七五)、大阪府の有形文化財に指定される。桃山時代に描かれた肖像で、浄土真宗開祖の親鸞聖人が善信(ぜんしん)と名乗っていた頃の妻、玉日姫を描いている …

秋田實歌碑・笑魂碑

●近代上方漫才の原型をつくった作家 「大阪漫才の父」。歌碑文は、「渡りきて浮世の 橋を眺むればさても危うく過ぎしものかな」。玉造稲荷神社は秋田實の子どもの頃の遊び場。明治38年(一九〇五)生まれ、昭和 …

サクラアートミュージアム
サクラアートミュージアム

●大阪のまちにアートを発信 「サクラアートミュージアム」は企業美術館として、平成3年(一九九一)に本社ビル内に開設され、会社の歴史や描画材に関する資料が豊富に集められている。クレパス画約300点、油絵 …

安井家文書

 安井家は、河内国渋川郡久宝寺村を本貫とする土豪であった。元和元年(1615)の大坂の陣で中断していた道頓堀川の開削を、平野藤次とともに完成させ、以後、日本橋北詰の宗右衛門町に屋敷を構えて、代々大坂三 …

鵲森宮

●若き日の聖徳太子による創建 「鵲森宮」は、通称、森之宮神社とも呼ばれ、聖徳太子(しょうとくたいし)が建立した。 その創建は、四天王寺や法隆寺よりも古いとされている。崇峻(すしゅん)天皇2年(五八九) …