小楠公義戦の跡

しょうなんこうぎせんのあと

次の言語でも読めます: English

投稿日:

小楠公義戦の跡

●破った敵への温かい心をたたえる
 小楠公とは楠木正成(くすのきまさしげ)の子、楠木正行(くすのきまさつら)のこと。南北朝の時代、正行がこの地であった渡辺の戦いで大勝。橋から川に落ちた敵兵を救出し、衣服と薬を与えたと伝えられている。昭和15年(一九四〇)「紀元二千六百年記念」として建てられた。

現在地からルート検索
所在地
大阪市中央区北浜東1
交通機関
●地下鉄谷町線「天満橋駅」
●京阪電鉄「天満橋駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
7 人中 7 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
越中井

●ガラシャ夫人最期の地 大坂城の南側、玉造に細川越中守忠興(ほそかわえっちゅうのかみただおき)邸があった。慶長5年(一六〇〇)、関ヶ原合戦の直前、石田三成(いしだみつなり)が家康(いえやす)方についた …

京橋

 京橋は、大阪城の北側すぐの寝屋川に架かっている。この橋は大阪城の北玄関口に当たる橋で、豊臣秀吉の時代に架けられたともいわれている。江戸時代には重要な公儀橋に指定され、大坂城を起点として京都へ向かう京 …

大坂町中時報鐘

●今も現役の釣鐘  天満橋近くに釣鐘屋敷があった。釣鐘は重さ3トン、高さ1・9m。寛永11年(一六三四)、江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が大坂城を訪れた際に、大坂三郷の地子銀(じしぎん …

難波宮跡

●日本のシュリーマンが見つけた都  難波宮の存在が確認されたのは、昭和29年(一九五四)に始まった発掘調査によってである。ここに難波宮があることを確信した山根徳太郎(やまねとくたろう)・元大阪市立大学 …

大坂町奉行所(東町・西町)

●八百八橋の町奉行所  幕府の直轄地であった大坂には、大坂城京橋門外、西外堀西側に東西2つの奉行所が置かれ、1カ月交代で執務にあたっていた。奉行所の機構は、町奉行の下に家老・用人・取次、さらにその下に …