小楠公義戦の跡

しょうなんこうぎせんのあと

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小楠公義戦の跡

●破った敵への温かい心をたたえる
 小楠公とは楠木正成(くすのきまさしげ)の子、楠木正行(くすのきまさつら)のこと。南北朝の時代、正行がこの地であった渡辺の戦いで大勝。橋から川に落ちた敵兵を救出し、衣服と薬を与えたと伝えられている。昭和15年(一九四〇)「紀元二千六百年記念」として建てられた。

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所在地
大阪市中央区北浜東1
交通機関
●地下鉄谷町線「天満橋駅」
●京阪電鉄「天満橋駅」
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