京橋
きょうばし
投稿日:2014/01/23 更新日:
京橋は、大阪城の北側すぐの寝屋川に架かっている。この橋は大阪城の北玄関口に当たる橋で、豊臣秀吉の時代に架けられたともいわれている。江戸時代には重要な公儀橋に指定され、大坂城を起点として京都へ向かう京街道や野崎参りで有名な野崎街道を兼ねる大和街道の出発点でもあった。
京橋のたもとには、江戸幕府から大阪で独占的に川魚を売ることを公認されていた市場があったことを示す「京橋川魚市場跡」の石柱がある。
現在の橋は、第一次都市計画事業に基づいて大正13(1924)年に架け換えられ、昭和5(1930)年にスタートした寝屋川の改修事業時に手直しされたもの。その後、昭和56(1981)年に改装された。
改装に当たっては大阪城の歴史的背景を創造できるよう、石垣のモチーフでまとめられ外郭を形成する石塁の力感ある構造が高欄や親柱に採用された。高欄は植樹枡を兼ねた構造で歩く人に安らぎを与え、橋の照明は太閤秀吉ゆかりの千成びょうたんを模した形となっている。
所在地
大阪市都島区片町1丁目~中央区大手前1丁目
交通機関
●地下鉄谷町線「天満橋」駅
●京阪電車「天満橋」駅
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