長谷川等伯筆 黄初平図(紙本墨画淡彩)

はせがわとうはくひつ こうしょへいず(しほんぼくがたんさい)

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長谷川等伯筆 黄初平図(紙本墨画淡彩)

 日蓮宗寺院の久本寺に所藏される「黄初平図」は、市内の寺院に伝存するものとしては数少ない桃山時代にさかのぼる絵画である。

 黄初平とは葛洪『神仙伝』に載る仙人の一人である。少年の頃、羊を牧していたが、ある時道士と出会い、金華山石室の中にいたり、40年間にわたり姿を隠していた。その兄が山中を探し再会した時、羊はどうしたかと尋ねると、山東にいると答えた。兄が出かけてみると白石だけがあった。次に黄初平と一緒に出かけ、黄初平が「羊よ起て」と声を掛けると白石が全て変じ、数万頭の羊になるという奇跡が起こった。

 現在伝わる3幅だけでは、この説話全体をあらわしておらず、恐らくは当初屏風であったものが、欠損して現状の3幅のみが残ったものと考えられる。中幅の岩に座る仙人が黄初平の出会った道士、右幅が黄初平を探して山中を歩く兄、左幅が石を羊に変じる黄初平と考えることもできるが、確かではない。

 先述したように現状の3幅は、本作品が制作された当初の状況を示していない。また各幅には室町後期の水墨画家周文の印章(「越溪周文」朱文印)が捺されているが、これは明らかに掛軸に改装されて以後の後印である。また、本作品を納める箱の蓋裏には墨書があり、この作品が延享4年(1747)に当寺の檀家である天王寺屋久左衛門から寄進された経緯が判明する。この時には既に掛軸であった。

 本作品については、早く土居次義氏が発見・紹介し、その作風から桃山画壇を代表する長谷川等伯の晩年の作品と認めている。特に京都・真珠庵客殿襖絵や京都・天授庵客殿襖絵、京都・両足院「竹林七賢図屏風」などと画風を比較して、その筆勢、用墨、岩の表現法、松樹の形態、人物の表情などに共通点を指摘し、等伯60歳代の画風の特徴を示す作例と判断した。その上で土居氏は「大阪の寺院に伝存する等伯画としては、この黄初平図以外に知るところがない。今後も永久に保存されることを祈るものである。」と結んでいる。

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所在地
久本寺(大阪市中央区谷町8)
交通機関
●Osaka Metro(大阪メトロ)
 谷町線・千日前線「谷町九丁目駅」
 谷町線・長堀鶴見緑地線「谷町六丁目駅」
●近鉄線「上本町駅」
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