●日本で唯一の蘭学塾の遺構
激しい空襲のあった大阪で、築後200年以上の姿をとどめる町家。適塾は、江戸末期の天保9年(一八三八)、緒方洪庵(おがたこうあん)が開いた私塾である。1階は、医学者・教育者として活躍した緒方洪庵家族の生活スペース。2階は、蘭学を修めようと勉学に励んだ若者たちの泣き笑いの場であった。
●適塾生の衣食住 ― 勉強そして勉強!
入塾者は、全国から集まってきた。福沢諭吉(ふくざわゆきち)は、貧乏な塾生の一人だった。著書『福翁自伝』の中で、天満橋で安い魚を買い求め、机をまな板にしてさばいた、とある。彼らは、純粋に知識を得ることに貪欲だった。朝から晩まで机に向かい、眠るときでさえ机の上だったという。時代が大きく動いた幕末、「開国か、攘夷か」騒然とするさなか、純粋に勉強一筋という姿勢を貫いたのは、洪庵の教育方針だった。
●緒方洪庵と妻・八重のチームワーク
洪庵は幕末のテレビも電話もない時代に、全国的に知られていた医学者であった。それは種痘を広め、天然痘の撲滅に貢献し、教育者として総合的な人材を育成した功績ゆえだった。適塾の裏手、今橋3丁目には除痘館跡がある。洪庵の功績には、妻・八重(やえ)の存在が大きかったといわれている。17歳で嫁ぎ、全国から集まってくる塾生の世話をしながら、緒方家の主婦として9人の子を育てた。明治20年(一八八七)に亡くなるまで、多くの塾生から母のように慕われていた。2人の情熱は塾生に受け継がれ、日本の近代化の礎となった。
●京阪電鉄「淀屋橋駅」
休館日:
・月曜日(国民の祝日の場合は開館)
・国民の祝日の翌日(土・日・祝日の場合は開館)
・年末年始(12月28日~1月4日)
参観料:
一般 270円
高校・大学生等 140円
中学生以下 無料