八軒家船着場の跡

はっけんやふなつきばのあと

次の言語でも読めます: English

投稿日:

八軒家船着場の跡

●今も昔も京都からの玄関口
 天満橋付近は江戸時代、8軒の宿があったことから、八軒家浜と呼ばれていた。京都と大坂を結んで淀川を行き来した三十石船の船着場として栄え、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』にも登場した。
 船着場としての歴史は古く、仁徳(にんとく)天皇の伝説に登場し、難波宮の頃は『万葉集』で「難波津(なにわづ)」と詠まれた。平安時代から鎌倉時代にかけては「渡辺の津」と呼ばれ、熊野詣の出発点としても栄え、賑わった。
 船の輸送の減少とともに、船着場の役割も衰退した。今では、石碑の横の駐車場から見える高く積まれた石垣などに、当時の面影を残している。

現在地からルート検索
所在地
大阪市中央区天満橋京町2 永田屋前
交通機関
●地下鉄谷町線「天満橋駅」
●京阪電鉄「天満橋駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
8 人中 8 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
教育塔

●教育活動中に亡くなった方を追悼する  昭和9年(一九三四)の室戸台風による教育関係者や児童の犠牲者の慰霊を目的として、昭和11年(一九三六)に建立。教育活動中に亡くなった方に加えて、御巣鷹山での日航 …

難波宮跡

●日本のシュリーマンが見つけた都  難波宮の存在が確認されたのは、昭和29年(一九五四)に始まった発掘調査によってである。ここに難波宮があることを確信した山根徳太郎(やまねとくたろう)・元大阪市立大学 …

御臨幸の跡

●軍事大国にひた走った時代を忘れない  昭和7年(一九三二)、大阪周辺での陸軍大演習に昭和天皇が御臨幸になった記念の碑。隣に歩兵第八連隊跡碑がある。兵営は当初、現在の大阪医療センターの地にあったが、明 …

越中井

●ガラシャ夫人最期の地 大坂城の南側、玉造に細川越中守忠興(ほそかわえっちゅうのかみただおき)邸があった。慶長5年(一六〇〇)、関ヶ原合戦の直前、石田三成(いしだみつなり)が家康(いえやす)方についた …

HOTEL NEW OTANI PLAZA / STREET
ホテルニューオータニ大阪 プラザシャトウ

緑溢れる大阪城公園前、大阪ビジネスパークに立つホテルニューオータニ大阪内にあるプラザシャトウ(1F・ロビーフロア)は、世界の一流品が集うファッションスクエアです。