西田当百川柳碑

にしだとうびゃくせんりゅうひ

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西田当百川柳碑

●今も続く川柳誌『番傘』の創始者
 川柳作家。明治4年(一八七一)生まれ、昭和19年(一九四四)没。大阪毎日新聞社の校正係になり、それを契機として川柳の世界に入った。軽妙なウィットと、知的な諷刺を織り込んだ作風で知られる。明治42年(一九〇九)に関西川柳社を設立。大正2年(一九一三)には川柳誌『番傘』を創刊。川柳の普及に努めた。『番傘』の活動は現在も続いている。
 碑に刻まれている川柳は、「上かん屋 へいゝゝと さからはず」。
『番傘』創刊号の巻頭を飾った句である。

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所在地
大阪市中央区道頓堀1-7 正弁丹吾亭前
交通機関
●地下鉄御堂筋線・四つ橋線・千日前線「なんば駅」
     堺筋線・千日前線「日本橋駅」
●近鉄線「近鉄難波駅」、「近鉄日本橋駅」
●南海電鉄「なんば駅」
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