玉造稲荷社 榎木大明神

たまつくりいなりじんじゃ えのきだいみょうじん

次の言語でも読めます: English

投稿日:2012/09/14 更新日:

玉造稲荷社 榎木大明神

●白蛇が住みつき、神の木に
玉造稲荷神社正門の真正面、道路の真ん中に立っている。
「白光大神(しらみつおおかみ)」と書かれた祠(ほこら)がそばにある。
「白光」は庶民に信仰されている「白蛇」を指しているともいわれている。
神社から榎の種がこの場所へ飛んで来て育ち、白蛇が棲みついたという。
住民の依頼により、神社が年1回お祀りしている。

現在地からルート検索
所在地
玉造稲荷神社(大阪市中央区玉造2-3-8)
交通機関
JR大阪環状線・地下鉄鶴見緑地線「森ノ宮駅」・「玉造駅」より徒歩5分
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
5 人中 5 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
御臨幸の跡

●軍事大国にひた走った時代を忘れない  昭和7年(一九三二)、大阪周辺での陸軍大演習に昭和天皇が御臨幸になった記念の碑。隣に歩兵第八連隊跡碑がある。兵営は当初、現在の大阪医療センターの地にあったが、明 …

大坂橋

●大阪城を眺める絶好のポイント 大正14年(一九二五)、東横堀川の土砂を掘削する際、川底から「大坂橋 天正拾三年」(一五八五)の名が刻まれた擬宝珠(ぎぼし)が見つかった。大阪城天守閣に保存され、市民に …

小楠公義戦の跡

●破った敵への温かい心をたたえる  小楠公とは楠木正成(くすのきまさしげ)の子、楠木正行(くすのきまさつら)のこと。南北朝の時代、正行がこの地であった渡辺の戦いで大勝。橋から川に落ちた敵兵を救出し、衣 …

天満橋
天満橋

●町役人が行き交った橋は今、2階建て  江戸時代、難波橋・天神橋と並ぶ浪花の三大橋の一つで、幕府の直轄管理である公儀橋の一つでもあった。北区天満と中央区天満橋京町を南北に結んでおり、今も昔も人々の生活 …

八軒家船着場の跡

●今も昔も京都からの玄関口  天満橋付近は江戸時代、8軒の宿があったことから、八軒家浜と呼ばれていた。京都と大坂を結んで淀川を行き来した三十石船の船着場として栄え、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『 …