●現存する市内で最も古い橋
東横堀川に橋が架けられたのは、天正13年(一五八五)。豊臣秀吉(とよとみひでよし)が大坂城築城に際して、東横堀川を外堀として開削した時だといわれている。江戸時代に入ると、軍事的に重要な「公儀橋」の一つとして、幕府が直接管理した。橋の周辺には木綿問屋や呉服屋、古着屋が軒を連ね、大坂の経済を支えた「糸へん」の中心街として往来の絶えることがなかったようだ。西町奉行所が設けられてからは、行政の中心ともなり、ますます栄えていく。現在の橋は、本町通が市電道路として拡張された大正2年(一九一三)5月に架けられたもの。重厚で趣のあるルネサンス風のデザイン。なにわ名橋50選の一つ。
本町橋
ほんまちばし
次の言語でも読めます: English
投稿日:
所在地
中央区本町橋~本町1丁目
交通機関
地下鉄堺筋線・中央線「堺筋本町駅」
同じエリアにこんなスポットがあります!
-
農人橋
●船場に田畑が残っていた時代を物語る 農民が耕作のために通った橋だったことから、農人橋という名がついた。江戸時代、農人橋は大坂城への直接の連絡口だったため、幕府が直轄管理する公儀橋となった。なにわ名橋 …
-
稲畑勝太郎君寿像
日本に初めて映画を輸入文久2年(一八六二)、京都に生まれる。フランスに留学し、合成染料や染色の技術を学ぶ。リヨンの工業学校では映画を発明したリュミエール兄弟の兄のほうと同級生であった。明治23年(一八 …
-
御堂筋彫刻ストリート / 腕を上げる大きな女:E-10
丸太のような太い腕、球形に近い小さな頭部、円筒形のしっかりした首、そしてギリシャ式の壷形の堂々たる体躯、それらが絶妙のバランスの中で一体となって、この作品を構成する。腕を頭の上で組む以外は、身体にほ …
-
五代友厚君像
●近代大阪の経済発展に多大な足跡 五代友厚は、天保6年(一八三五)鹿児島生まれ。ヨーロッパに留学して外国事情に通じていたことから、明治元年(一八六八)、外国事務局判事として大阪に勤務。ここから大阪との …
-
梅川・忠兵衛 ゆかりの淡路町
大当たり浄瑠璃は実話だった近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)の傑作の一つ、『冥途(めいど)の飛脚』は、実話を題材に書かれたもの。 遊女梅川に入れあげる忠兵衛が養子に入ったのが、この淡路町にあった飛脚 …
