●やはり秀吉は大阪城が似合う
豊臣秀吉(とよとみひでよし)、秀頼(ひでより)、秀長(ひでなが)を祀る神社。京都の豊國神社の別社として、明治12年(1879)に中之島に創建されたのが始まりである。昭和36年(1961)には、現在の大阪城公園内に移動。その際、境内の広さも約3倍になったという。かつては境内に、明治時代に建立された豊臣秀吉銅像が大阪城内より移されていたが、戦時中に供出されて以来失われていた。そのため平成19年(2007)4月に、彫刻家・中村晋也(なかむらしんや)氏の手による新像が完成。像は小田原城攻めのときの豊臣秀吉をイメージしたもの。秀吉が境内に雄々しく立つ様子は、新たな観光の名所となっている。
境内には、かつて中之島の藩蔵屋敷にあった白玉神社や豪商・淀屋の鎮守の杜であった若永神社も祀られている。
秀石庭は、昭和47年(1972)に奉納された庭園。秀吉の「秀」と石山の「石」から命名された。
千成瓢箪の形を地割模様とし、巨石を組み合わせている。
豊國神社
ほうこくじんじゃ
次の言語でも読めます: English
投稿日:2012/09/18 更新日:
追加情報
問合せ : 06(6941)0229
ホームページ
所在地
中央区大阪城2番1号
交通機関
地下鉄中央線・長堀鶴見緑地線/JR環状線 「森ノ宮駅」
同じエリアにこんなスポットがあります!
-
城中焼亡埋骨墳
●大坂城で命を落とした兵を弔う 大阪城玉造門の南側にある。明治元年(一八六八)戊辰戦争のとき、燃える大坂城から逃げ出さずに自害した幕府軍の兵士をたたえて、薩摩・長州藩が共同で建てた。
-
御臨幸の跡
●軍事大国にひた走った時代を忘れない 昭和7年(一九三二)、大阪周辺での陸軍大演習に昭和天皇が御臨幸になった記念の碑。隣に歩兵第八連隊跡碑がある。兵営は当初、現在の大阪医療センターの地にあったが、明 …
-
北組惣会所跡・南組惣会所跡
●町人が中心となって町政を司る 江戸時代の大坂は、大川以南から本町通までの北組、本町通から道頓堀あたりまでの南組、大川以北の天満組に区分され、その3組を総称して大坂三郷と呼ばれていた。 各組には自 …
-
大阪英語学校跡
●大阪初の外国語学校 明治維新後、大阪では舎密(せいみ)局に始まった洋学校と理学校が合併し、大阪開成所が開校した。洋学教育の最先端校である。開成所は第四(のちに第三)大学区第一番中学、第三大学区開明学 …
-
大阪夏の陣越前兵首取状
慶長20年(=元和元年、1615)に起こった大阪夏の陣、とりわけ大阪城から南に連なる上町台地一帯で繰り広げられた5月7日の最後の決戦は、豊臣家の滅亡をねらう徳川幕府軍15万5千人と豊臣方5万5千人が …
