城中焼亡埋骨墳

じょうちゅうしょうぼうまいこつふん

次の言語でも読めます: English

投稿日:

城中焼亡埋骨墳

●大坂城で命を落とした兵を弔う
 大阪城玉造門の南側にある。明治元年(一八六八)戊辰戦争のとき、燃える大坂城から逃げ出さずに自害した幕府軍の兵士をたたえて、薩摩・長州藩が共同で建てた。

現在地からルート検索
追加情報
問合せ先:06-6941-3044
所在地
大阪市中央区大阪城2 大阪城公園内
交通機関
●地下鉄中央線・長堀鶴見緑地線「森ノ宮駅」
●JR環状線「森ノ宮駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
5 人中 4 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
越中井

●ガラシャ夫人最期の地 大坂城の南側、玉造に細川越中守忠興(ほそかわえっちゅうのかみただおき)邸があった。慶長5年(一六〇〇)、関ヶ原合戦の直前、石田三成(いしだみつなり)が家康(いえやす)方についた …

青銅製大砲(お城のドン)

 大阪城小天守台にある幕末の青銅製大砲である。文久3年(1863)に美作津山藩の鋳工百済清次郎が幕府の命により製作し、天保山砲台の備砲であったと伝えられる。明治になって大阪城へ運ばれ、陸軍により明治3 …

八軒家船着場の跡

●今も昔も京都からの玄関口  天満橋付近は江戸時代、8軒の宿があったことから、八軒家浜と呼ばれていた。京都と大坂を結んで淀川を行き来した三十石船の船着場として栄え、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『 …

大坂町奉行所(東町・西町)

●八百八橋の町奉行所  幕府の直轄地であった大坂には、大坂城京橋門外、西外堀西側に東西2つの奉行所が置かれ、1カ月交代で執務にあたっていた。奉行所の機構は、町奉行の下に家老・用人・取次、さらにその下に …

天神橋
天神橋

●江戸時代、大坂随一の長橋  文禄3年(1594)に豊臣秀吉(とよとみひでよし)が架けたと伝えられ、当初は新橋と呼ばれていた。天満天神社が管理することから天神橋と呼ばれるようになったという。江戸時代は …