豊國神社

ほうこくじんじゃ

次の言語でも読めます: English

投稿日:2012/09/18 更新日:

豊國神社

●やはり秀吉は大阪城が似合う
 豊臣秀吉(とよとみひでよし)、秀頼(ひでより)、秀長(ひでなが)を祀る神社。京都の豊國神社の別社として、明治12年(1879)に中之島に創建されたのが始まりである。昭和36年(1961)には、現在の大阪城公園内に移動。その際、境内の広さも約3倍になったという。かつては境内に、明治時代に建立された豊臣秀吉銅像が大阪城内より移されていたが、戦時中に供出されて以来失われていた。そのため平成19年(2007)4月に、彫刻家・中村晋也(なかむらしんや)氏の手による新像が完成。像は小田原城攻めのときの豊臣秀吉をイメージしたもの。秀吉が境内に雄々しく立つ様子は、新たな観光の名所となっている。
 境内には、かつて中之島の藩蔵屋敷にあった白玉神社や豪商・淀屋の鎮守の杜であった若永神社も祀られている。
 秀石庭は、昭和47年(1972)に奉納された庭園。秀吉の「秀」と石山の「石」から命名された。
 千成瓢箪の形を地割模様とし、巨石を組み合わせている。

現在地からルート検索
追加情報
問合せ : 06(6941)0229
ホームページ
http://www.osaka-hokokujinja.org/
所在地
中央区大阪城2番1号
交通機関
地下鉄中央線・長堀鶴見緑地線/JR環状線 「森ノ宮駅」
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
2 人中 2 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
石山本願寺推定地

●現在の大阪へと続く始まりの場所 「大坂」という地名が歴史上初めて姿を現すの は、明応7年(一四九八)に本願寺第8世・蓮如(れんにょ)の書いた『御文(おふみ)』の中だ。 その蓮如が明応5年(一四九六) …

井原西鶴終焉の地

●辞世の句を刻んだ碑が建つ 元禄6年(一六九三)に死去した浮世草子作家・井原西鶴の没後300年を記念して建てられた。 辞世の句「浮世の月 見過ごしにけり 末二年」が刻まれている。

八軒家浜船着場

 もとは永田屋昆布本店にあった八軒家浜船着場は、その昔、八軒の船宿があったことからその名がついたと云われている。  この船着場は江戸時代、熊野詣の陸の 拠点として賑わった場所。十返舎一九著「東海道中膝 …

大阪活版所跡

●近代印刷の幕明け 明治3年(一八七〇)、大阪商工会議所の初代会頭・五代友厚(ごだいともあつ)の要請を受けた本木昌造(もときしょうぞう)が創設した活版所の跡である。 木版印刷が主流だった頃は、印刷に莫 …

教育塔

●教育活動中に亡くなった方を追悼する  昭和9年(一九三四)の室戸台風による教育関係者や児童の犠牲者の慰霊を目的として、昭和11年(一九三六)に建立。教育活動中に亡くなった方に加えて、御巣鷹山での日航 …