山本能楽堂

やまもとのうがくどう

次の言語でも読めます: English, 한국어, 简体中文, 繁體中文

投稿日:2011/11/25 更新日:

山本能楽堂

●約650年の伝統文化を次の世代に
 大正5年(一九一六)、先代・山本博之(やまもとひろゆき)が20歳のとき能楽の奥深さに魅了され、24世観世宗家に入門した。
 昭和2年(一九二七)、徳井町に「山本能楽堂」を建設。大阪空襲で焼失したが、焦土の中で能楽の普及に努めた。昭和25年(一九五〇)、3階建ての木造建築として再建。1・2階の吹き抜けに切妻造りの能舞台がある。磨きこまれた黒光りの舞台。鏡板の老松は下から見上げたような奥行きのある絵である。橋掛かりの欄干は、ゆるやかな弓状を描き能舞台にやわらかさを添えている。勤め帰りに鑑賞できる「とくい能」、子どもたちにも体験をと「まっちゃまちサロン」など、多くの人に能の魅力を知ってほしいと力を注いでいる。

現在地からルート検索
ホームページ
http://noh-theater.com/
所在地
大阪市中央区徳井町1丁目3番6号
交通機関
●地下鉄谷町線/中央線 谷町四丁目駅
施設情報
●問合せ先:06(6943)9454
この記事は役に立ちましたか?
役に立った 役に立たなかった
0 人中 0 人がこの 記事 は役に立ったと言っています。
同じエリアにこんなスポットがあります!
大槻能楽堂
大槻能楽堂

●能好きの太閤秀吉 とにかく能楽に熱中していた豊臣秀吉(とよとみひでよし)。自分を主人公にした「明智討」という能をつくらせている。会う人ごとに「宮廷でお見せする」と言って家臣にたしなめられたという逸話 …

石山本願寺推定地

●現在の大阪へと続く始まりの場所 「大坂」という地名が歴史上初めて姿を現すの は、明応7年(一四九八)に本願寺第8世・蓮如(れんにょ)の書いた『御文(おふみ)』の中だ。 その蓮如が明応5年(一四九六) …

八軒家船着場の跡

●今も昔も京都からの玄関口  天満橋付近は江戸時代、8軒の宿があったことから、八軒家浜と呼ばれていた。京都と大坂を結んで淀川を行き来した三十石船の船着場として栄え、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『 …

大阪英語学校跡

●大阪初の外国語学校 明治維新後、大阪では舎密(せいみ)局に始まった洋学校と理学校が合併し、大阪開成所が開校した。洋学教育の最先端校である。開成所は第四(のちに第三)大学区第一番中学、第三大学区開明学 …

月山貞一旧居跡

●逆境の中での刀剣づくり  天保7年(一八三六)生まれ。7歳から養父の貞吉(さだよし)につき、刀剣づくりの修行をする。貞一の特色は、月山流に各地の鍛刀技術を取り入れた点にある。幕末から明治にかけて刀の …